溜息集積場 出張所

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映画「カミノフデ〜怪獣たちのいる島〜」 見てきました。(「温泉シャーク」追記あり)

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前回の記事に続けてタイトル通りです。おそらく短くなるかと思われますが、内容に明確に触れながら書いていきたいものですので、早速どうぞ。

 

最初に書いておきます。
本作の総監督であり、それにとどまらずこの映画自体がこの方自身を描いていると言ってもいい村瀬継蔵氏のお名前について、管理人は本作の制作発表まで知りませんでした。
正確に言うと、名前は絶対に過去見ているはずなのですが、意識したことがなかったんですね。そこで今一度調べてみれば、この方がいなければおそらく日本の特撮史というものが大きく姿を変えていたのではないか、そう思わせるほどのお方だったことを知って、自分の無知に恥じ入りました。おそらく管理人が知らないだけで、このような方々が村瀬氏以外にも数多くいらっしゃるのではないか、と今でも考えます。

その程度の知識や認識しかなかった人物が書いている、ということを前提として読んでいただきたくはあるのですが。本作の配給にあたり大きな魅力として打ち出された、大規模なオープンセットによるミニチュア特撮や、この時代で表現しようとするファンタジー作品という軸を確かに持ちながら、作中では時宮健三という存在として暗に示される村瀬氏のこれまでのお仕事、そして半生そのものがもう一つの大きな軸になることで、日本特撮史の一つの大きな側面をそのまま作品として描いている、そんな映画だったと感じます。
それでいて、個人的にとても好感を持てたのは、それが決してノスタルジックのみに振ったものではない、懐古のために作られたものではなく、あくまでも今の人々に向けた物語であって、この物語を見た上で、これから先の映像作品というものをどう作っていってくれる?と問いかけているような作品だった点でした。
アナクロな表現は、あくまでも「そう表現することがこの物語の中で最も的確だから」であり、観客が感じるノスタルジーは彼らの側から自然に生まれたものであり、長年使われてきた手法を用いながらも、その精度や密度、撮影の方法、「映像にするための手法」は全て見事に最新のものになっている……そうして制作された『映画』自体が、特殊造形という手段で映画に携わり続けてきた村瀬氏から観客に投げかけられるメッセージになっているというのは、決して「過去の映像作品のほうが良かった」という懐古の姿勢ではなく、「今だからこそ、これだけの映像を撮れるんだよ」という、復古と進歩の精神を感じた部分でした。
映像面、シナリオ面、そして細かい要素の面で、さまざま語るべき部分はあるのですが、何よりも村瀬総監督、そして総監督の意図をしっかりと映像に落とし込むために尽力しただろうさまざまな方々がこの姿勢を貫いてくれたという点が、何よりもこの映画の素晴らしい姿でした。

しまった。心のままに書いていたら1番最後に書くべき総括を1番最初に書いてしまった。

ということでここから先は、気になったり触れたい要素をだったりに散発的に言及していこうかと考えます。

・まずこの映画を見ようと思った理由は、西川伸司先生がバカでっかいヤマタノオロチのデザインを担当するという話を見たためでした。西川先生以外にも管理人からはすでにレジェンドと言っていいような昭和・平成の特撮を支え続けた巨人たちがそれはもう数多く参加していて、エンドロールで知っている限りのお名前を見つけるだけでももう並の映画1本分を見てしまったかのような満足感がありました。
また一方で、管理人がすでに大ファンになってしまっている、

自主特撮映画監督(ブレーザー以降ウルトラ系の仕事にもちょくちょく参加されている)佐藤高成監督をはじめとして、2020年台から台頭されている若いスタッフの方々のお名前も散見されて、その事実そのものが、村瀬総監督が特撮というジャンルそのものにおいて持っていた重要性の証明だったのではないかと感じます。

・映画の意義についてばかり書いてしまっているんですけども……。映像面では、主に前半を構成する『神の筆』の世界(と思われていたもの)を表現するために、あえて人物と背景が明らかに馴染んでいない、『あるべきではない場所にいる』ことを示す合成を貫徹することで、ファンタジックでありながら足元が定まらないような、不安定な印象を受け取らせる映像としていたこと、その「異質さ」をずっと見続けていたからこそ、後半でのミニチュア特撮による大破壊に、圧倒的な「実在感」--『本当にものが壊れている』ことの意義を与え、その上でラストの戦いへとつながっていく……という映像的な構成が非常に見事でした。この映画を観た誰もが感じ、触れる部分ではあるかと思いますが、本作のヤマタノオロチにまつわる表現・演出の全てが、「懐かしいのに新しい」という本作の本質と直結していたように感じます。ほとんど全ての手法自体は過去にさまざまな作品で見たことがあるのに、それでも驚き、昂りを覚えるような映像でした。

・今回キャストの皆さんに関しては漏れ聞こえてくることだけを把握していたもので、佐野さんや釈さんといった「なるほど」なキャスティングと、樋口真嗣が役者やるらしいよ」「マジか」ぐらいしか事前に知っていることがなかったため、主役の朱莉役・鈴木梨央さんについては上映中、もうとにかく尋常じゃなく上手い役者さんだな……どんな経歴なんだろうな……と考えていたのですが。

パンフレットのプロフィールを見て仰天しました。

新アニメ版のどろろ遊戯王SEVENSで足立ミミ・ゴーラッシュでマニャ役やってるあの鈴木さんだったんか!!!!!!!!!!!!

いやもう全てに納得です。確かにすごく特殊な経歴で、声優専業の方ではない(どろろの頃だとまだ子役という話だったはず)という点は知ってたんですけど、失礼ながら即座に思い出せるほどには顔出しでのお仕事を見ていなかった……失礼しました……。
(ちなみに本題から外れてしまいますが、現在進行形で放送・参加されている遊戯王ゴーラッシュというシリーズ、根底の部分にウルトラシリーズへの眼差しを持ちながら凄まじいスケールの話をやっているので非常におすすめです。まだ第10クールに入ったばかりなので、ご覧でない方は今からでもぜひ)

彼女が抱える祖父への複雑な感情、その記憶への向き合い方がシナリオ面での鍵になるのですが、それを表現する上で鈴木さんの確かな演技力は本当に素晴らしい説得力を与えてくれましたね……。これからもよろしくお願いします。

一方、朱莉の友人(……?)にして、時宮氏の携わった作品を熱心に見ている少年である卓也くん。見てるとこっちが気恥ずかしくなってくるような気がするけど、設定上高校生であれだけ詳しいってことは村瀬氏のことを知らなかった管理人より遥かに熱心ってことだもんね……。
彼も演じる楢原くんの独特な存在感で、朱莉とはまた違った形で話を牽引していくのですが、彼にまつわる場面でかなり印象的だったのは「虚構船」に変化してしまう雑誌「宇宙船」。
あの一連の場面、時宮氏の作品が一時的に失われ、オロチが破壊を続けるその中で、この映画を観にくる層であれば知らぬものはいないであろう宇宙船、『想像という名の宇宙』を肯定するはずのメディアがその虚構性を露悪的に示す名前になっているということで表現する……という描写が、それにしっかり違和感を持つ彼の印象と併せて、とても印象的でした。
一つ一つの要素が持つ意味合いは違うのですが、自衛隊の出動が異様に早いこと、とっくに使用されていないシャーマンが出てくること、あるいは時宮氏が代打としてスタントをやったことへの朱莉からの疑義と、過去的な手法を押し出している作品だからこそ、細かい引っかかりへの視点がしっかりと挟まれていることに現代の映画であることを強く感じました。

・小ネタ的な部分について。斎藤工氏演じる穂積が「映画館」で観ているのがネズラ1964(残念ながらまだ管理人は見れておらず……!!)であるところや、時宮氏の仕事ぶりを解説する笠井アナの知識の内容、そして管理人が個人的にこの映画の中で1番びっくりした部分、手がけられたお仕事として武蔵忍法伝・忍者烈風のスーツ(!!)が写真として登場す……と、「現実に村瀬氏、およびツエニーというスタジオが手がけた・関係した作品やその逸話」が散見され、また「時宮氏を偲ぶイベントに村瀬総監督ご本人が訪ねてきている」という映像がさし挟まれることで、この映画の虚構性と現実性への揺さぶり、不意に全く違う世界に行ってしまうこともあるのではないか……という説得力を増しているのが、単なる小ネタにとどまらない、「想像した世界が形になる」というこの映画のテーマの一つにつながっていたと感じます。

・その「想像を現実にする」という要素。本作の物語上では、時宮氏の中にしかなく、みんなの見れる形にはならなかった作品「神の筆」、時宮氏の挫折、無念さの象徴としてのオロチ、そしてその一端を垣間見たことで、「あの世界を忘れないし、いつか作ってみせるかもしれない」と決める朱莉の、物語への眼差しとして描かれているものになりますが、より大きく『想像力』として捉えた時、現在まさに放送中であり、この映画とは異なるアプローチでミニチュア特撮の可能性を切り開き続けているウルトラシリーズであるウルトラマンアークが掲げるテーマ、『想像力を解き放て!』との符合を感じるのはすごく不思議な縁に感じますね。

・奇妙な縁ということでもう一点。本作は設定上どうやら島根・出雲を舞台にしているそうなのですが、ちょうど今現在公開中、冒頭でも感想記事に改めて触れた劇場版ガッチャードも、出雲地域でのロケーションを一つの売りにしているのがまた面白い符合だなと。何よりも村瀬氏はウルトラ・ライダーどちらにおいても造形という点で携わっていたわけで、まさにそのお仕事の集大成となる作品が、今を走る各作品と一瞬の交差をするのはあまりにも美しい縁に思えます。

言及できるのはこんなところでしょうか。思うままに書いてしまったもので、シナリオそのものの内容や北海道のワイン城の一連(あの盗賊を演じる町田さんもまたウルトラ・ライダーの両方で印象深い役を演じられていますね)、登場する怪獣や奇妙な生き物たちへの言及(ムグムグルスはモスラをイメージしてると言われていますが、管理人はあのもこもこ感と色の表現的にその中でもエターナルモスラを強く意識したものだと感じていますがどうか)なんかは若干簡易なものになってしまったかと感じますが、現時点で書けるのはこれぐらいかなあというのが素直な感覚です。
正直現時点ではまだ全然公開館が少なく、今すぐ見にゆけ!!とインターネットに書き込むのは少々難しいかなと感じるのが正直なところですが、近隣地域で公開予定がある方々は、それに併せてぜひ見ていただきたい、特撮という技術そのもの、そして『特撮史』とともにあった方の半生を、フィクションを交えながら感じとれる、そんな映画だったと感じます。観に行けてよかった。では今回はこの辺で。

(8/3追記)

ちょっとばたついてて書けなかったんですが、

 

カミノフデを見に行った翌日、「温泉シャーク」を見てきました。
こちらは以前武蔵野美術大学在学中に「ビビッドマン」を制作し、その後も自主怪獣映画選手権で賞を受けている井上森人監督の商業初映画ということで、サメ映画やクラファンなどの盛り上がりがあったらしいんですけど、管理人はまたしても何も知らないままでいたら公開後に「バスダイバーの井上監督の映画作品」で「ミニチュア特撮がスゲーことになってる」という話を聞いたので慌てて予定を捩じ込んだ感じです。なんかこんなことばっかりだな!

ざっくりとまとめてしまうと、馬鹿馬鹿しいことを真剣にやっている、真面目にふざけた映画でした。シナリオ的な内容や特撮の見どころは他の方々が多く語っていると思われるので割愛しますが(概ねにおいてウルトラマンブレーザーだったと思っていただいてそこまで差し支えはないかと思います。命の行方を照らすため光が明日を導いていたので……)、管理人個人として、というよりもこの記事に追記という形でなぜ書いているのかという話をすると。

…………カミノフデとめちゃめちゃスタッフ被ってるんですよね…………。

自分の都合の問題でカミノフデを見たその翌日に見に行ってしまったもんで、エンドロール見てる最中に「あれ!?昨日も見たお名前が昨日も見た役職とほぼ同じところにいる!!」「というか佐藤高成監督顔出しで出演されてるじゃんあの場面かよ!!」という意味不明の驚きがあり、加えて制作スタッフではないもののクラウドファンディングに参加されているお名前にウルトラマンアーク科学考証担当の芝原博士やTRIGGERの桝本和也さんなんかもいらして、信じ難いほど勇壮で壮大なテーマソングに載せたあのエンドロールを見るだけでも鑑賞代金の元が取れるレベルでした。

あとパンフレット。君は2200円で観客を一瞬怯ませた後、いざ読んでみたら本編内容の紹介はもちろんのこと制作経緯や作品の意義、そして須賀川特撮アーカイブセンターという施設の重要性をみっちりと説くメイキング、そして高樹澪さんと田口清隆監督のインタビューを同時に掲載し「むしろこれ2000円台で手元に置いちゃっていいんですか!?」となる映画のパンフレットを読んだことがあるか。管理人は完全に「自主怪獣映画選手権での実力派が担当したミニチュア特撮映画」として見に行った身ですが、サメ映画として見に行く人々もいるはずなので、サメ映画愛好家の方々に須賀川特撮アーカイブセンターの重要性、そういうジャンルがあってそういう文化があるんだ、ということを伝える資料になっているのはかなり意義深いものだと考えます。正直カミノフデと掲載内容入れ替わってるんじゃないかと疑うレベルの密度だった。

ファーストランはそろそろ終了の場所が多いようなんですが、セカンドラン以降が徐々に始まっている(シネリーブルなんかはまさにセカンドランでしたし)(しかし憧れのシネリーブル池袋に初めて見に行く映画がまさかサメ映画になるとは……後悔はしない出来栄えでしたけど……)ようなので、カミノフデともども、見られる場所での上映が始まったら見ておくと、2024年の夏は半世紀以上を造形に賭けてきたレジェンド級のスタッフさんと、自主映画という枠組みからどんどん拡張してついに商業映画を公開するまでに至った若い監督、双方によるミニチュア特撮というものをどう見せ、どう伝えるか?という尋常ではない熱を感じ取れる、そんな季節だったことを知れるのではないかと感じます。それでは追記はこの辺りで。

(これから今日のアーク感想書きます)